障壁

1 「戦争を根絶したい」点で、多くの人と一致できるか
まずこれが大きなハードルです。
「戦争がしたい」(戦争に参加したい)という方は恐らく少数であろうと思いますが、戦闘や人殺しそれ自体に興味がある人の場合、戦争に参加できれば半ば合法的に願いを叶えられます。
しかしそういう人は、「あなたが誰かを殺した」その先のことを強く、努力して強く、想像力を働かせていただきたいと思います。何かそこからいいものが生まれそうでしょうか。恐らく悲しいものしか生まれません。「自分が気持ちよければいい」と思うのは今だけです。断言します。過去に戦争に参加した人や、殺人を犯した人がどういう状態になったか調べてみてください。
また、「自分が攻撃された」状態を我々はリアルに想像することが難しいようです。映画などでは、腕や腹を撃たれ「ううっ」と唸る、あるいは頭を撃ち抜かれたり爆発に巻き込まれたりして即死するような描写が多いのですが、そんな「キレイな傷つき方・死に方」は、少なくとも戦場では選択できません。実際には、片手あるいは両手がなくなる、両足がなくなる、顔面に大やけどを負う、といった状態で帰国するケースもあるでしょう。そんな状態で心は平安ではないでしょう。本人はもちろんその家族もです。そういう状態を想像してみるべきです。
一方、戦争に参加せず「戦争が起こればいい」という人もいるでしょう。戦争で儲けようとする人のことですが、こういう人も自分の儲けによってどれだけの人が不幸になるか想像してみて欲しいと思います。
また、「好きで戦争をしたい訳ではない。愛する人や、自分の国を守る為にやむを得ず戦争に参加する」という方もいます。そういう人も「戦争しないに越したことはない」と思っているはずなので、是非「戦争根絶運動」に積極的に参加して下さい。

さて、想像なのですが、「戦争がどうのって、あまり興味がない。そもそも今、実際に日本は戦争してないし。」という人が相当数いるのではないでしょうか。(そう思っている人は当サイトを見ないと思いますが)
気持ちは分かります。「明日の仕事のことで頭がいっぱい」「趣味が楽しくてたまらない!」など理由はいくらでもあると思います。
しかしちょっと聞いてください。僕はある時、会社を引退したばかりの、人生の先輩に対して、20世紀から分かっていた様々な問題(人口減少・政治の腐敗・エネルギー問題・環境問題など)について「なぜこういった問題を分かっていながら放置・黙認したのか? それらを解決する為に何をしたのか?」と追及したことがあります。もちろんその人ひとりの責任ではないのですが、「自分は直接関係ない」と様々な問題を放置してきた大多数の大人の内の一人ではあります。(この先輩は、僕の追及に何も答えず、ただ黙っていました。)この責任追及はもうじき、僕にブーメランで返ってきます。「なぜ既知の問題を放置・黙認したのか? それらを解決する為に何をしたのか?」の問いです。これは僕だけではなく、「興味がない」で知らないふりを決め込んでいる人全てに問われます。
いい加減、そろそろ何かやらないといけません。よね? 皆さん。

「戦争根絶はきれいごと。人は争う生き物だ。戦争はなくならない」と言う人もいます。もちろん僕も来年とか再来年とかに戦争がきれいさっぱりなくなると思っていません。ここだけの話、戦争根絶まで早くて数十年、もしかすると数世紀かかるかも知れませんが「戦争を根絶するべき」と思ったので、このようなサイトを立ち上げました。「戦争はなくならない」と言う人は、「戦争はなくすべきではない」と思っているのかそれとも「戦争はなくすべき」と思っているのか、せめてそこのところを(論理的根拠と共に)表明して欲しいと思います。

「戦争は、生物の本能に基づく」との主張があります。では、窃盗は? 強姦は? 「本能なのでしょうがない」とはなりません。そもそも人間の行動は全て本能に基づいていますが、それら全てをOKとはしない、というのが「人間社会」ではないでしょうか。

また「戦争によって技術が進歩した」「戦争と上手に付き合っていきましょう」という意見も見ましたが、そういう人には「他人事ではない」ことに気付いていただきたいと思います。その人自身が戦争と言う残虐な殺し合いの現場に放り込まれる可能性があるのですから、その現場でも果たして「これで技術が進歩するんだなあ」とか「戦争と上手に付き合ってるなあ」とか思えるものでしょうか?

 

2 常任理事国の政府と国民
「国連安保理常任理事国という、たった5か国に与えられた巨大な権力を手放し、しかも自国の(他国へ侵略可能な)軍隊の指揮権を放棄せよ」というのが当サイトの主張です。常任理事国の政府とその国民からは「そんな話聞けるか。何の義務があってそんなことを?」ときっと言われるでしょう。
これが2つ目のものすごく大きなハードルです。
ここからしばらく、常任理事国の政府とその国民に向かって書きます。(ニホンゴ、通じない・・・ですね。)
まず、常任理事国5か国だけで安全保障に関わる重要な問題を解決するべき、という論理的根拠がありません。そういったことは国連総会で決めるべきです。
常任理事国の座を守ることが国民を守る最善の方法だ、という理屈は、国内向けには可能ですが、国連でそんなこと公式に言えますか? 「他国民がどうなろうが知ったことではない。虐殺されるなり、殺し合うなりしろ。」と大声で叫んでいるのと同じです。
「地域や世界平和に貢献」と各国がたまに言ってますが、実際には、興味のない地域や、利益が得られない地域の紛争は無視してますよね?
常任理事国のことを暴力団だ、ヤクザだ、マフィアだと言っている人がいますが、そんなこと言われたままでいいんですか? いい訳ないですよね? 民主主義を重んじるあなたの国の政府と国民は、当然地球レベルの民主主義を尊重します。つまり国連総会の意向が重要で、常任理事国の意向は重要ではありません。
あなたの国の軍が国連総会指揮下に入ることで「真の世界平和の為の軍」と世界から賞賛を受けるのです。(そもそもですが、国連の存在意義を考えた場合、国連総会指揮下に入ることは、ほぼ義務です。)
しかしその軍の運営費は大変なもので、5か国だけに負担していただくのはおかしな話です。常設国連軍の運営費は国連加盟国で応分に負担すべきと思われます。
安保理を解体し、指揮権を総会に移せば、戦争がなくなることで自国民の安全を保障でき、その上、国防費を抑えることが可能なのです。
反対する理由はもはや存在しません。
それでは、常任理事国の各国の政治家の皆様、実現に向けて邁進しましょう。

ついでと言っては何ですが、ある国では「自衛の為には武器が必要」という理由で国民の銃器の所持を基本的に認めています。しかし、その武器が自衛以外の目的で使用され、惨劇が繰り返されています。ちなみに、銃器の所持が基本的に認められていない日本と言う国では、銃による犯罪は暴力団同士の抗争が主で、それ以外では当然ですが銃器による犯罪はごく稀です。「人を殺す為の道具がなければ、行使しようがない」ことの証明です。
「人を殺す道具がなければいい」という単純な話です。これを国際社会に当てはめると「今すぐ軍備をゼロに」となりますが、「ドラえもん」レベルの技術がなければ、すぐには難しいと思われます。しかし、その軍事力を行使をする権利がなければ同じことです。
国家から、戦争をする権利を剥奪しなければなりません。
現在の常任理事国とその国民が、その輝かしい栄誉を手中にするのはもう目前です。

 

3 ロシアと中国
当サイトのトップページの主張に対し、理由をあれこれ考えて猛然と反対する可能性が高い国は、常任理事国の5か国です。その為、この主張を翻訳して欲しい一番の言語が(トップページに書いたように)英語、ロシア語、フランス語、中国語な訳です。
国籍がどこであろうが、どこの民族であろうが、「何の恨みもない、知らない人を殺したい」とは思わないでしょうし、もちろん殺されたいとは思わないでしょう。そう思う人が増えてもうやむやに、また、増えていないことにしそうなのが、ロシアと中国と思われます。
まずはロシアです。民主主義も国によって色々とは思いますが、2015年のプーチン大統領の支持率が89%という報道がありました。ロシアでは反政府のジャーナリストがたまに事故死や不審死を遂げるという話があり、無関係ではないように思います。
次に、中国は自らの国を民主主義国家だと言っているという話を聞きました。この主張は、国際的な常識から見るととてもまともな主張ではありません。
しかし重要なことは「彼らは民主主義を否定していない」ということです。
もし、「戦争を根絶すべき」という民意が増えれば、「民意を無視できないでしょう? おたく、民主主義国家なんでしょ?」としつこく問い続けることが重要と思われます。
(もちろん、アメリカ、フランス、イギリス、日本などの現在の民主主義が理想だとは思いません。例えば2015年「報道の自由度ランキング」で日本は61位に転落し、まあまあよろしくない状況です。
それでも、民主主義に代わる優れたシステムが現在ないので、民主的に事を運ぶしかありません。)